2016年01月15日

#身内GBF「人造アリスタ」シーン4 カンバラ・キョウヘイ

とても久しぶりの更新です!
本当はお正月に更新したかったのですが……不甲斐ないッ!!





1

 早朝の日差しを浴びて、白亜の城の如く輝く高級ホテル。その最上階、壁一面を埋める大きな窓に、PPSEドームを見下ろす人影があった。
 黒く長い髪と白いロングコート、そして作り物のように整った顔立ち。壮年期に入ったばかりであろうその男は、しかし老成とも言える貫禄を漂わせていた。
 PPSE社への最大の出資者であり、その圧倒的な資産と社会的影響力への畏怖をもって「財団」と呼ばれた組織。男は、その長たる人物だった。
 男はPPSEドームに背を向けると、革張りの椅子へ腰を下ろした。背もたれに身を預け、執務机の向こうに立つ若草色の髪の青年を見遣る。
「結局、手に入ったプラフスキードライブはひとつきりかねアルマーク君」
 聞き惚れる、深みのある声だった。年齢相応の落ち着きを見せながら、若々しい張りも失ってはいない。
 男の声音には責める調子も苛立つ気配も無く、ただ穏やかに部下の報告を待っていた。
「面目次第もありません、デュランダル議長」
 紫の瞳に人形めいた笑みを浮かべ、青年が応えた。夜空に昇る蒼い月を思わせる、神秘的で透明感のある青年だった。
「別の成果があると、そう思って構わないのだね?」
 青年の余裕を感じ取り、議長は執務席へ両肘をつき手指を組んだ。自然、上体が青年の方へと傾く。聴こう、という意思表示だ。
 察しの良い上司に、青年は薄く笑ってみせた。
「カンバラ・キョウヘイが如何に天才……いえ、鬼才であろうと、一個人がプラフスキー粒子の研究設備を用意できるはずもありません」
「協力者か」
「十年前、PPSE研究班に在籍していたある人物が、ガンプラ・ソレスタルビーイングへ秘密裏に技術協力していたことを突き止めました」
「ほう。当時、マシタ君からそのような報告を受けた記憶は無いな」
「PPSEワークスチームが、ドクター・カンバラの研究と共に全ての事実を抹消したようです。ガンプラ・ソレスタの研究施設は非公式のガンプラバトルによってワークスチームに接収され、今は別の施設へ姿を変えていました」
「ワークスチーム……二代目メイジン・カワグチだね。ならば、その施設というのは」
 青年が指を弾いたのを合図に、執務机の上へ建造物の立体映像が浮かび上がった。要塞を思わせるその威容に、議長は見覚えがあった。
「ガンプラ塾。プラフスキードライブ精製装置と、そして零号はそこに封印されていると見てよろしいかと」
 青年の、紫色の瞳の中に映りこんだガンプラ塾の映像を議長は暫し見詰めた。 
「ジャンクスは、それらの破壊を望んでいるのだったな」
「彼ら曰く、プラフスキードライブは世界の均衡を崩す存在だそうですよ」
「だが、マシタ君はその存在を秘匿していた。我々にすら知らせることなく」
「保身でしょう。プラフスキー粒子の秘密が漏れることは、すなわち彼の過去が暴かれることに繋がる。彼らしい臆病さだ」
「過去……確か、盗賊だったか」
「こそ泥です。彼は秘書にも隠し通しているつもりらしいですけれど」
 青年の笑みに、嗜虐の色が加わる。議長は苦笑しながら、再びソファへ背を預けた。
 短い沈黙が訪れた。議長は何かを思案する様子を見せた後、執務机の片隅に置かれていたガンプラの箱をおもむろに引き寄せ、開いた。そして工具や塗料が整然と並ぶ引き出しの中からニッパーを取り出し、ゴールドメッキの施されたランナーにその薄い刃を当てた。
「マシタ君には退場してもらうべきかもしれんな」
 究極の切れ味を誇る薄刃ニッパーが、音も無くパーツを切り出していく。
「運命は彼を支配者には選ばないだろう。巨大アリスタの所有権という、ただひとつの武器を頼りに、あそこまでのし上がってみせた野心と豪運は評価に値するが……彼は、己一個人の人生しか見えていない。企業のトップとしては、凡庸に過ぎるのだよ」
 通常の三倍の速度でガンプラを組み上げながら、議長は独り言のように話を続ける。青年は仮面のような笑みを浮かべたまま、静かに控えていた。
「だが、我々財団は歴史の先を見据えねばならない。プラフスキー粒子は、未来に残さなければならない。見たまえ、この美しい機体を。百年使えるモビルスーツという願いを込めて名付けられた黄金のマンマシン。財団の理念は、かくあるべきなのだよ」
 組み上がった百式を満足げに愛でると、議長は再び青年へ視線を戻した。
「このままガンプラバトルでプラフスキー粒子を消費し続ければ、いずれ枯渇するのは明白だ。アリスタが持たんときが来ているのだよ。プラフスキードライブは、粒子の再結晶化技術だと聴いた。ならば、拡散し消費するばかりだったプラフスキー粒子を回収し、再利用することも可能なのではないかな?」
「プラフスキードライブの確保に成功したエージェントから、新たな利用方法が発見されたとの報告も上がっております」
「ほう。そうであるなら、プラフスキー粒子はいつまでもガンプラバトルだけをやっていれば良いという訳にもいくまい」
「ジャンクスとの協定を違えることになりますが」
「アルマーク君。君は信じるかね? ジャンクスの語る、世界の真実を。プラフスキー粒子とガンプラバトルが、哀しい魂たちをこの世界へ導き、安らぎを与えるなどと……」
「胡乱な信仰を組織の結束に利用する。秘密結社のやりそうなことですよ」
「宗教は宗教として、我々は経済を回さねばならない。この世界を維持しているのは神などではなく、資本なのだからね。……期待しているよ、リボンズ・アルマーク」
「はい、ギルバート・デュランダル議長」
 ホテルのスイートルームを改装した執務室から、青年が足早に去ってゆく。その背中が扉の向こうに消えたと同時、隣室に控えた秘書からのコールが鳴った。
『議長、タリア様からお電話です。緊急の案件とか』 
 眉間に稲妻が走るような感覚に、ギルバート・ディランダルの心がざわついた。だが平静さは失わず、ゆっくりとした動作で受話器を取る。
「……なんだと?!」
 受話器を握り締めたまま、ディランダルは立ち上がっていた。それまでの鷹揚さは失われ、その横顔は焦燥の色に塗り替えられていた。


2

 静岡県某所。陽光を背に黒々と聳え立つ建造物があった。その重厚な輪郭は要塞……否、ペガサス級強襲揚陸艦の威容を見る者に想起させた。
 その建造物の入り口には、ガンダムの銅像があった。ガンダムを世に送り出したアニメ製作会社の最寄り駅に設置されている、「大地から」と名付けられた銅像の複製品だ。右手を天へと掲げた姿は、希望への憧憬のようにも、絶望の底で足掻く者の怨念のようにも見える。
 かつて、この地に多くの若者が集い、そして地獄を見た。ガンプラという名の地獄を。三代目メイジン・カワグチを生み出す、ただそれだけのために、多くの才能あるビルドファイターたちがこの場所で、血と涙の海に沈んで消えた。
 そしてユウキ・タツヤが三代目を襲名した今も、次代のメイジンとビルドファイターを育てるべく、修羅の如き戦いが続いている。
 その地、その場所を人はこう呼んだ。
「メイジン養成機関、ガンプラ塾」
 トウドウ・イツキは呟くと、左肩にかけたショルダーバッグを背負い直し、建造物の中へと足を踏み入れていった。

『バックジェットストリームッ!!』
『紅蓮に染まれエクシア……トランザムッ!!』
 熱き戦いの息吹が、四方に設置されたスピーカを通して空間を満たす。壁面の大型スクリーンには、ガンプラバトル世界大会準決勝のライブ映像が映し出されていた。その栄光の舞台で戦うのは、ジュリアン・マッケンジーと三代目メイジン・カワグチ……いや、ユウキ・タツヤ。ふたりとも、この地で切磋琢磨したビルドファイター達だ。
 ガンプラ塾の最奥へと踏み込んだトウドウが辿り付いたのは、広大なホールだった。ちょっとしたコンサート会場ほどもある空間の中央には、巨大なバトルシステムを頂くステージが、祭壇のように聳えていた。
 その場所は、かつて三代目メイジンの座をかけて塾生たちが火花を散らしたバトルルームだった。若きファイターたちの熱量で満たされていたであろう空間はしかし、今は人の気配も無く、流され続けている中継映像の音声だけが虚しく響き渡っていた。
「これがガンプラ塾のハラワタか」
 トウドウはステージを見上げた。
 そのバトルシステムは巨大だった。1/144サイズの小さなガンプラのために用意されたバトルフィールドだというのに、等身大の人間が格闘技に使うリングより、更に二回りは広い。これほどの規模の筐体は、PPSE本社か、世界大会会場にしかないだろう。
「子宮、と言ってほしいわね。新たなメイジンを産み落とすための聖杯よ」
 無人と思えたホールに、艶かしい声が響く。二階建ての建物ほどの高さがあるステージ、そこへ至る階段の途上に人影があった。
「……エレオノーラ・マクガバンか」
 高圧的な笑みを浮かべた男が、トウドウを見下ろしていた。ジュリアンとタツヤが繰り広げる激しい戦いの映像を背景に立つその男に、トウドウは見覚えがあった。
 眼鏡とタイトスカートのよく似合う、女性教諭といった出で立ちのその男の名は、エレオノーラ・マクガバン。二代目メイジン・カワグチを誰よりも崇拝し、彼の遺伝子を継ぐメイジンを産み落とすべく、ガンプラ塾という地獄を作り上げた男。そして彼自身もまた、ガンプラ塾が生み出した最強ファイターたちの一角でもある。
 ジャンクスの傭兵と、二代目の腹心。ふたつの視線が交錯した。
「お初にお目にかかるわね、ガンプラ傭兵トウドウ・イツキ。ウェルカム、我らが栄光のガンプラ塾へ」
 トウドウを見下ろすマクガバンの視線は冷徹そのもので、部屋の温度が急激に低下したような錯覚を覚えさせた。だが、トウドウの眼光もまた揺ぎ無い。実直と豪胆を併せ持つ傭兵の双眸が、マクガバンの視線を押し返す。
「栄光、か。主無き栄光を固守し続ける……墓守だな、まるで」
 栄光のガンプラ塾。だが創始者である二代目は病に倒れ、姿を消した。三代目が襲名した今、育成機関としての役割は既に終わっている。それでもこの場所にこだわるマクガバンを、トウドウはそう評した。
「聞き捨てならないわねタフボーイ。私のナドレが見たいのかしら?」
 広いはずのバトルルームが息苦しく感じられるほどの重圧。マクガバンの美貌に、般若の如き殺気がみなぎる。マクガバンが手に提げたアタッシュケースの中から、ただならぬ妖気が漂い始めていた。
 ガンプラだ。
 トウドウは愛機ランディーニをショルダーバックから引き抜くと、悠然としかし油断無く構えた。
「悪くない。だが、俺を……ジャンクスの使者をこの場所へ招いたのは、貴様だろうマクガバン」
「そうよ。あれを世に放つのが、二代目の意志なのだから……」
 その殺気を荒れ狂う炎から鋭利な刃へと変えながら、二代目の腹心は遠き過去へと視線を転じた。
「十年近く前。この地で、PPSEワークスチームとガンプラ・ソレスタルビーイングの戦いがあった。ある強大な力を巡って」
「……プラフスキードライブ零号」
「狂気の天才ドクター・カンバラの手により異常な発達を遂げたプラフスキー粒子制御技術の、それは集大成であり根源だった。我々は多くの犠牲を払い、それを手にした。そしてナドレのトライアルシステムやカテドラルのフィールド操作を始めとした、今に至るプラフスキー操作技術の基礎体系へと昇華したのだ。……全ては、メイジン・カワグチの絶対勝利のために」
「そのために、ジャンクスが財団へ提供した技術と設備をガンプラ・ソレスタに横流ししたというわけか。元PPSE研究班、エレオノーラ・マクガバン」
「果実を得るために野生の木を育てただけよ。……用の済んだ木を切り倒したのは、メイジンの往く道を敷くのに邪魔だったから。何か問題でも?」
「力を求めることは悪ではない。ガンプラファイター……神楽を舞う者たちに、ジャンクスは敬意を払う。だが、プラフスキー粒子は彼方と此方を結ぶ触媒だ。過度の干渉は、それを歪める……故に、プラフスキードライブとそれにまつわる全ては、破壊する」
 トウドウは愛機ランディーニをマクガバンへ突きつけた。ランディーニの背負う巨大な剣が、金属の光沢と重みを宿し、鋭利な闘気を放つ。 
「彼方と此方……?」
 トウドウの言葉を理解できず、マクガバンは眉根を寄せた。その疑問符を拾い上げたのは、第三の人物だった。
「ガンプラバトルを広めることにより、世界をプラフスキー粒子で満たす。それが秘密結社ジャンクスの目的なのさ。そのためには、財団すら利用しようとする」
 人形めいた笑みを浮かべる、若草色の髪の青年。いつからそこに居たのか、ホールを囲む二階席に、リボンズ・アルマークの姿があった。マクガバンとトウドウをまとめて高みから見下ろす青年の態度は傲然としていて、自負と慢心を隠そうともしていない。
「……いや、手段というべきかな? 特異点であるプラフスキー粒子を鍵として、異世界の門を開く。……ガンプラバトルは、そのための儀式なのだそうだよ」
 マクガバンを一瞥した紫の瞳が、トウドウへと向けられた。侮蔑の色と共に。
「それが君たちの信仰なのだろう、ジャンクス?」
「俺は傭兵だ。語るのは領分ではない」 
「寡黙は美徳というわけだ」
 アルマーク青年を無視し、トウドウはマクガバンを睨んだ。
「招待客は、俺だけではないようだ」
「あれを引き渡すに相応しいのは、何者なのか。サイアム・ビストを気取るつもりはないけれど、見極めさせてもらうわ」
 薄く笑うと、マクガバンは腕を薙ぎ払うように一閃した。肩に巻いた長いマフラーが跳ね上がり、戦旗のように翻る。
『Please Set Your GPbase……!』
 マクガバンの意思を受け、巨大なバトルシステムが唸りを上げて起動した。深海のように青く輝くプラフスキー粒子の放出が、集いし戦士達を照らし出す。
「秘密結社の狂信、財団の専横。ガンプラ塾は、どちらにも興味を持たないわ。求めるのは、絶対勝利の力のみ。示しなさい、実力を。……ガンプラバトルの未来に動乱を。それこそが、二代目の意志……ッ!」
「求めるものは力尽くで奪え、というわけか。……なるほど、二代目らしい趣向だ」
 トウドウは無表情に頷くと、システムに己のGPベースとランディーニをセットした。
「ガンプラバトルかい?」
 だが、リボーンズは冷笑するばかりで己のガンプラを出そうとはしなかった。
「悪いけれど、付き合うつもりはないよ。その必要も無い」
 愉悦に歪むリボンズの瞳が、金色に輝いた。その途端バトルシステムのモニタが赤く染まり、恐ろしい速度で流れる異質な文字列によって支配された。
 浸食してくる悪意に満ちた思惟に、プラフスキー粒子が慄き乱れる。構築されたばかりのバトルフィールドは陽炎のように揺らぎ、歪んでいった。 
「どういうことだ?!」
 想定外の事態に、マクガバンが怒りを露にする。しかしシステムの暴走は止まりはしない。
「ガンプラ塾のメインシステムは、既に掌握させてもらった。この空間における僕は、神も同然というわけさ」
 巨大なバトルシステムが地響きを立て、無数の六角形へと分割された。そしてアルマーク青年の指揮者めいた手指の動きに合わせ、パズルのように組み替えられてゆく。
 厳かにそして劇的に変化を遂げたシステムが、再び沈黙したとき、舞台とバトルフィールドの中央には奈落のような暗い穴が口を開けていた。
「プラフスキー粒子の根源へと至る秘法。プラフスキードライブ零号と、その精製装置。その正体を、今ここに晒してもらう!」
 アルマーク青年の哄笑と共に、天井にぶら下がっていたチェーン式クレーンの一基が動き出した。鎖の先端にぶら下がる金属のフックが、死神の鎌を思わせて鈍く光ると、落下に等しい速度で奈落の底へ目掛け降下していく。
 恐ろしく長く感じられた時間が過ぎた。降下を続けていた鎖がようやく止まり、重い接続音を響かせた。そしてゆっくりと、何かを引き上げ始める。
「なんだ、これは……?!」
 鎖が巻き取られる音に合わせ、徐々に姿を顕し始めた物体。それを見たアルマーク青年の表情が、怪訝に歪む。
「黒い……ガンプラ……?」
 地鳴りのような腹に響く音と共に、奈落の底から引き摺り出されたもの。
 それは一体のガンプラだった。鋼鉄の十字架へ殉教者の如く磔にされた、黒いガンダム。
「プロトガンダムカラーの、Gセルフ……!」
 トウドウは、魅入られたようにそのガンプラへ視線を注いでいた。アニメ『Gのレコンギスタ』の主役機、Gセルフ。だが黒を基調に赤を配された塗装は、なるほどRX-78-1を彷彿とさせた。
 かつては美しく、力強いガンプラだったのだろう。だが、大量の瞬間接着剤によって十字架へ拘束されたその姿に、生気は無い。白く濁った接着剤に包まれて、躯のような身体を晒すばかりだった。
「関節だけではない、全身を執拗なまでに固められている……こうまでして封印しなくてはならないガンプラ……」
 呻くようなトウドウの声に、マクガバンは組んでいた腕をゆっくりと解く。そして十字架に封じられたガンプラへ、その細く白い指を突きつけた。
「そう、そのまさかだ。カンバラ・キョウヘイの創造せしガンプラ。このプロトGセルフこそ、プラフスキードライブ精製装置の正体……!」
「馬鹿げている! ガンプラにそのような力があるものか!!」
 語気も荒く苛立ちを露にしたのは、アルマーク青年だ。
「下らないフェイクだ……! どこに隠している? プラフスキードライブ精製装置は、そして零号は……!」
 金色の瞳を走らせ、支配したガンプラ塾のメインサーバから情報を読み取ってゆく。だが、全てのデータがたった一つの答えを示していた。
「馬鹿な……本当に……?!」
 アルマーク青年は驚愕に染まった顔をプロトGセルフへと向けた。それを確証と見て、トウドウは両の手を輝くアームレイカーへと乗せた。プラフスキー粒子が変容し物質化した、ガンプラの操縦桿だ。
「ならば俺の仕事は決まっている」
 揺らぐバトルフィールドを、ランディーニが疾駆する。その手には、金属製の大剣、シグルソード。プラスチックではないが故に、プラフスキー粒子の恩恵を得られない。だがだからこそ影響も受けず、粒子の強固な力場に包まれたプラフスキードライブを破壊するための至高の武器ともなる。
「プラフスキードライブとそれにまつわる全ては、俺とランディーニが破壊する……!」


3

 踵のヒートパイルアンカーを地面に突き立て足場を固定したランディーニは、プロトGセルフへ目掛け、金属剣を全力で振り下ろした。
『勝手をされては困るなジャンクス……!』
 ランディーニとプロトGセルフの間へ割って入ったのは、リボーンズガンダムだった。金属剣をGNシールドで受け止めたリボーンズガンダムの両肘から、擬似GNドライブの赤い粒子が炎のように噴出する。
「邪魔をするな、リボンズ・アルマーク。財団はガンプラバトルの普及だけをやっていればいい」
『プラフスキー粒子を暴こうとすれば、目の色を変える。そんなに大事かい、君たちの信仰とやらは……?』
 王者の風格を漂わせランディーニを見下ろすリボーンズガンダム。だがランディーニは怯む事無く更に一歩を踏み込み、金属剣をGNシールドへと食い込ませた。
「俺は傭兵だ、祈りの言葉も知らない。だが、散った命にも安らぐ場所があるというのなら……」
『下らない感傷で、貴重な商材を傷つけないでもらいたいね……!』
 剣と盾の激突が激しい火花を散らしたのも一瞬。飛び退き間合いをとったランディーニとリボーンズガンダムは、磔のプロトGセルフを挟み、対峙した。
『GNフィールドが通用しないか……厄介だね、その剣は』
 リボーンズガンダムが、斬り裂かれたGNシールドをランディーニの前へと放り捨てた。
 ランディーニは黒光りする金属剣を肩に担ぐと、低く、驚くほど低く腰を落として構えた。獰猛な牙を秘めて静かに機を窺うその姿は、優美な肉食獣のそれだ。
 そのランディーニを、マクガバンが眼鏡を押し上げながら値踏みしていた。
『金属の刀身にプラフスキー粒子の流体操作は及ばない。動力を持たぬ重い鉄塊、本来ならまともに持ち上げることも叶わない。けれど、なるほど。AGE系ガンプラの柔軟な可動域ならば、その鉄塊へファイターの剣技を余す事無く伝えることができるでしょうね』
『しかし、剣は剣でしかない』
 マクガバンの解説に、アルマーク青年が嘯く。
 リボーンズガンダムが突如、ランディーニへ背を向けた。否、前後を反転させリボーンズキャノンへと変形を果たしたのだ。
 リボーンズキャノンの肩と胸部に計四門搭載されたGNビームキャノンが火を吹き、恐るべき密度の弾幕がランディーニを襲う。
「中距離砲撃戦か、悪くない選択だ」
 剣の間合いを封じられながら、しかしトウドウの顔に焦りの色は見えない。
 ランディーニは金属剣を担いだまま、弾幕の中で複雑怪奇な回避機動を見せる。左右非対称の不安定な機体。だがその不安定さを逆手にとったトリッキーな機動は、トウドウがイタリアの伊達男から学び授かった奥義の一端だ。そしてそれを支えるのは、ランディーニのベースとなったシャルドール・ローグの優秀な接地性能と、可動域の広さが生み出す高い運動性。
『だが、その死重量を抱えて逃げ切れるかな?』
 金属剣の質量が生み出す抗い難い慣性が、ランディーニを振り回す。それすら回避機動に織り込むトウドウの技量は凄絶の一言だったが、更に火力を上げそれを追い込んでいくアルマークの射撃の精密さもまた、人類を超える存在と思わせた。
『当たれッ!』
 リボーンズキャノンが左肘に装備したGNバスターライフルを撃ち放った。極太のビーム粒子が、ランディーニを掠める。
「……ッ!」
 ランディーニが初めてバランスを崩した。左肩のアクティブクロークで受け流し直撃こそ避けたものの、衝撃で傾いた機体を立て直せない。
『いけ、フィンファング!』
 ランディーニの足元、放棄されていたGNシールドから、四基の小型フィンファングが飛び出した。超至近距離からの強襲、回避は不可能。
「Bファンネルッ……!」
 咄嗟に、ランディーニはアクティブクロークの裏に懸架した四基のBファンネルを射出、小型フィンファングを迎撃した。ビーム刃を発振したビット兵器同士が次々と斬り結び、ランディーニの四方で激しい鍔迫り合いを演じる。
「籠の鳥というわけか……!」
 トウドウは気付いた。飛び回るビット兵器の軌道が、ランディーニの機動を閉じ込める檻となっていることに。
 その一瞬、激しかった砲撃が止んだ。リボーンズキャノンは大きく息を吸い込むかのようにGNビームキャノンへ粒子を溜めていた。背に回ったリボーンズガンダムのガンダムフェイスが、紅蓮の閃光を放つ。そして蓄積した粒子を一気に放出した。
『トランザムッ……!』
 四門のGNビームキャノンの同時発射。ハイパーバーストの凄まじいビーム粒子は球状に集束し、巨大なエネルギー球となって撃ち出された。大地を抉り大気を焼きながら、エネルギー球がランディーニへと迫る。
 ランディーニは重い金属剣を前方へ放り捨て、その反動を利用して背後へ飛んだ。更にシールドブースターをランドセルに接続し推力を上げ、エネルギー球を振り切ろうと加速する。
『切り札を捨て逃げに徹したか! 思い切りの良いパイロットと言ってもらいたいのかい?』
 舌なめずりの音が聞こえるようだった。リボーンズキャノンはその場で踊るように錐もみ回転すると、再びリボーンズガンダムへと姿を変えた。そしてエネルギー球へ目掛けGNバスターライフルを撃ち込む。更に膨張し加速したエネルギー球が、ランディーニへ追い縋った。
 フィールドを駆け巡るランディーニを、エネルギー球が執拗に追尾する。その破壊的な熱量が遂にランディーニを捉え、足先を溶解させた。
 エネルギー球がランディーニを飲み込み、その機影を跡形も無く消し飛ばす。そう見えた、その瞬間。
「俺の……勝ちだ」
 トウドウは淡々と、しかし揺ぎ無い確信をもって、勝利を宣言した。


4 

「しまった……?!」
 アルマーク青年の表情が強張る。エネルギー球に飲み込まれる寸前、ランディーニはプロトGセルフの脇をぎりぎりに擦り抜けた。それを追ったエネルギー球が、プロトGセルフへと直撃したのだ。
 プラフスキードライブの確保こそ、アルマークの使命。
 プラフスキードライブの破壊こそ、トウドウの作戦目標。
 ならば今、決着はついた。ついてしまった。己の放ったエネルギー球の閃光の中へ、プロトGセルフが消えてゆくのをアルマーク青年は呆然と見詰めていた。
 だが。
 爆発の余波が去った。燃え盛る炎に包まれて、十字架のシルエットが黒く戦場に浮かび上がる。
『無傷……だと?』
 ガンプラ傭兵の声音に、初めて感情らしいものが混じる。だが驚きを露にしているのはトウドウだけではなかった。アルマークもまた、自身の最大攻撃が何の効果も発揮していない事実に、驚愕していた。
 アルマークのリボーンズガンダムは、PPSE技術班によって開発されたものだ。アメイジングエクシアに注ぎ込まれた技術のテストベッドとして製作されたガンプラなのだ。それはつまり、限りなく最強に等しいガンプラということだ。
 そのリボーンズガンダムの全力攻撃を受けて、掠り傷ひとつ無い。
「ありえない……! プラフスキー粒子が接着剤で遮断されている今、そのガンプラはただのプラスチックの塊に過ぎない。僕の攻撃に耐えられる筈が……?!」
 その理不尽に、アルマークは激昂する。己の名を冠したガンダムが、他のガンダムに及ばないなどあってはならない。人間風情のガンプラに、上位種である自分が敗北するなどあってはならない。
 上位種? 一瞬、アルマークの脳裏に疑問符が浮かぶ。どこか遠い世界で、荷物を降ろすように置いてきた筈の、呪いにも似た単語が脳裏を過ぎる。だがそれもすぐに、霞のように霧散して失せた。
 今は忘れていいと、幸せを求めていいのだと、世界に囁かれた気がした。
『プロトGセルフが……動く?!』
 アルマークは我に返った。ゆっくりと、囚われのプロトGセルフが顔を上げてゆく。大きなデュアルセンサーの瞳に走査線が走り、眠りから覚めようと明滅を始めていた。
 プロトGセルフの全身を覆っていた、硬化した接着剤がひび割れ砕けてゆく。大気が鳴動し、剥離した接着剤の欠片が上空へと吹き上げられた。にわかに掻き曇った空に稲光が走り、雷鳴が耳を打った。
『全身を瞬着で覆われ、プラフスキー粒子は遮断されているはず……それでも動くということは……!』
 トウドウの確信を秘めた問いに、マクガバンが応える。
『そう。内部にプラフスキー粒子の力場が発生しているということ。そのガンプラの中にこそ、あるのだよ……反プラフスキー粒子結晶体……プラフスキードライブ零号がッッ!!』
 プロトGセルフの腹部、赤いクリアパーツの奥に、青い光球がまばゆく輝いていた。その地球光を思わせる球体から、途方もない力がプロトGセルフの全身へと伝わっていく。
 封印が解ける。まるで地平線が崩壊したかのような光景だった。プロトGセルフを拘束する十字架に亀裂が走り、それは地面にまで伝わっていく。大地が轟音を立てて割れ、砕けた岩が重力の束縛を振り払って空へと昇ってゆく。地の底からあふれ出た灼熱の溶岩が、足元からプロトGセルフを赤く照らし出した。
 プロトGセルフが、右の拳を握り締めた。そして、十字架から腕を引き剥がす。自由を得た腕から迸った力場が、空間を抉り取り旋風を巻き起こした。
「風……!」
 若草色の髪が、荒々しい風にさらされて暴れる。フィールドを吹き抜けた突風が、バトルシステムの境界を超えてファイターたちの元にまで届いていた。
「システムを超えて、世界に干渉する力だとでもいうのか……」
 開いた両の掌を天へ掲げ、プロトGセルフのツインアイが神々しい光を放つ。その視線に射竦められて、アルマークは怯えていた。
 ガンダム。世界を変革する力。
 あれはガンプラなどではない、もっと危険な代物だ。恐怖に突き動かされたアルマークの手が、銃爪を引いた。
「認めない……僕こそが、ガンダムだッ!」
 リボーンズガンダムがGNバスターライフルを撃つ。支配者たらんとする者の、圧倒的な火力。だが、それはより強大な力を前にして潰えた。
 プロトGセルフの頭部から、奔流のようなビーム粒子が放たれたのだ。その一撃は、GNバスターライフルの砲撃を易々と打ち消してしまった。
「頭部ハイメガ粒子砲だと……?!」
『いや、違う。Gセルフにハイメガは装備されていない……今の攻撃は、頭部ビームバルカンだ……!』
 トウドウの言葉を裏付けるように、プロトGセルフはハイメガ級のビームを怒涛の如く連射し始めた。GNバスターライフルの威力が業物の槍だとするのなら、プロトGセルフのビームバルカンは都市すら飲み込む大津波だった。強さの次元が、根本的に違っている。
 頭部バルカン。それは本来、対空防御や近接牽制に使用される、ガンダムが持つ武装の中でも最弱の火器。その最弱の火器の掃射を前に、リボーンズガンダムとランディーニは成す術も無く翻弄される。回避も防御も無い、その絶対的火力の前に、フィールドごと消滅させられようとしているのだ。
『リボンズ・アルマーク。GNフィールドで二秒を稼げ』
 通信モニタに、トウドウが割り込んできた。警告文と警報音が乱舞し赤く染まったコクピット内。憎たらしいほど冷静なガンプラ傭兵の顔に、アルマークは自嘲気味な笑みを返した。
「僕に命令する気かい、ガンプラ傭兵……!」
『ジャンクスの戦いを、おまえは感傷と呼んだな。だがそうではない。運命に抗う、それこそが俺たちの本質だ』
 あの天変地異を具現したようなガンプラを相手に、抗おうというのか。
 無理だ。あれは、あの黒いガンダムは運命そのものだ。敗北という定められた道を敷き、望むと望まぬとに関わらず、その道を歩ませようとする……明確な意思を持つ、運命という名の化け物。
 知らず伏せた顔に、影が落ちる。アルマークは口の端を噛んだ。そう、運命はいつも自分を裏切る。友情も自負も、盤の上の駒のように捨て去って、敗者という役割を押し付ける。
「……そんなのはごめんだね」
 イオリア、と口中に呟き、アルマークは顔を上げた。
「抗う? 見返してやるのさ」
 黒いガンダムを見上げ、アルマークは不敵に笑ってみせる。
「そうとも、このリボーンズガンダムこそ……人類を導く、ガンダムだ!」
 アルマークの気迫に、リボーンズガンダムが赤く燃えた。闘志の如く膨れ上がったGNフィールドが、プロトGセルフのハイメガバルカンを圧し返す。
『過剰な自己愛……不遜だなリボンズ・アルマーク。だが、悪くない』
 ランディーニはアクティブクロークを跳ね上げると、地面に突き立っていた金属剣へとアンカーショットを射出し、巻きつけた。
 アンカーショットを引き寄せる勢いで、ランディーニは金属剣へと向かって突進した。そして刀身へ体当たりするようにして剣を地面から引き抜くと、そのままプロトGセルフへと斬り込んでいった。
「二秒が過ぎたぞ、ガンプラ傭兵ッ!」
 リボーンズガンダムの背から、大型フィンファングが躍り出る。矢のように真っ直ぐ飛んだ四基のビット兵器はランディーニの背中、シールドブースターへと激突し、突き立った。
 大型フィンファングの推力が、ランディーニを更に加速させる。それを見届けたリボーンズガンダムは、ハイメガバルカンの直撃を無数に浴び、四散した。吹き飛んだ頭部が宙に舞い、空を見上げながら閃光の中へと消えていった。
『急くな。預かった時間、無駄にはしない』
 トウドウの気配が、そしてランディーニの動きが変わった。
 ガンプラとは思えぬ、生身の人間めいた挙動。ランディーニの機影にトウドウの姿が重なり、プラフスキー粒子の出力が爆発的に高まっていく。
「アシムレイトというやつか……!」
 それは、精神と肉体を鍛え抜いたファイターだけが至れる、人機一体の境地。極限の集中力をもってガンプラを己の肉体とし、己の魂をガンプラに宿す。その時、ガンプラの動力たるプラフスキー粒子は限界を超えて活性化し、究極の力を示すのだ。 
 ランディーニは右手の金属剣に加え、左手に銃槍ガンスピアーを握り締めた。ガンスピアから発振されたビーム刃が、ライザーソード級の刀身を形成する。
 トウドウはハイメガバルカンの弾幕を左手に構えたガンスピアーで斬り裂き、その太刀筋をなぞるように右手の金属剣を走らせた。ビーム刃と実体剣による二段斬撃、相手を確実に屠る、殺傷性を重視した傭兵剣術だ。
 だが、傭兵の刃がプロトGセルフに届くことはなかった。
 Gセルフの背後、ひび割れていた十字架が砕け散り、中から蜘蛛の如きマシンが飛び出した。
 黒い八本の脚を蠢かし、蜘蛛型マシンがプロトGセルフの背に接続する。そして基部が変形、展開し外套のように両肩へと覆いかぶさった。
「あれはジャイオーンのビッグアーム・ユニット?! いや、違う……!」
 蜘蛛の脚を構成している、六本の指状のパーツと二基の盾状パーツはビッグアーム・ユニットのそれだ。だがその基部はスクラッチされており、原型機よりも高い可動範囲を与えられ、オリジナル支援機として完成していた。
 手を広げ天を仰いだプロトGセルフから、不可視の力場が放たれた。その瞬間、物理法則は破壊され、ランディーニの一撃は虚空へと縫い止められていた。
『プラフスキー粒子では止められない筈の金属剣を止める……これは、本物の斥力場……?!』
 剣を振り下ろそうともがくランディーニ。だが、力場に阻まれた金属剣は微動だにしない。その有様は、蜘蛛の巣に捉えられた哀れな蝶に酷似していた。
『このガンプラは……一体……!』
 苦悶するランディーニを金属剣の切っ先越しに見上げて、プロトGセルフが声を発した。
『Gセルフ・グラビティパック……重力を操る、最強の黒き機体……』
「その声……いや、その強さ……。貴方なのか……!」
 アルマークの声が震えた。姿、声、経歴。調査資料を通して知り尽くしたつもりになっていた人物。だが実力を目の当たりにし肌身で感じてしまえば、知識や情報など浅薄なものだと思い知ってしまう。ガンプラを通して伝わる重圧に、身体の奥が痺れ脳髄が焼かれる。この男が、この男こそが全ての元凶にして切り札。プラフスキードライブの生みの親にして、最狂の戦士。
『ゲストをひとり、紹介し忘れていた』
 ひどく勿体を付けた言い回しで、マクガバンがバトルシステムの前に現れた最後の男を指し示した。
『ドクター・カンバラ・キョウヘイ……魔王と呼ばれし狂人だ』
 プラフスキー粒子によって生成された仮想コクピットの中に浮かび上がる、個性の無い眼鏡とくたびれた白衣を身に付けた男。その双眸、絶望と不屈を宿らせて放つ眼光は、見る者に畏怖と畏敬を覚えさせる。
『ランディーニ、そしてリボーンズガンダム……良いガンプラだ』
 混迷の戦場。最強のビルドファイターの瞳は、ただガンプラだけを見詰めていた。真っ直ぐに、狂おしいほど真っ直ぐに。


5

「ランディーニ、良いガンプラだ」
 プロトGセルフは、肩を覆った防御ポジションのグラビティパックを、外套を翻すかのように広げた。膨れ上がった斥力場が、ランディーニを容易く吹き飛ばす。
 白く輝く眼鏡のレンズに、ランディーニの黒い機影を映して、ドクター・カンバラは淡々と分析を続ける。冷徹に、情熱的に。
「あらゆる状況に対応できるよう多くの武装を積みながらも破綻の無い機体バランスは、ビルダーの用心深さと周到さの表れ。そして金属剣という規格外を取り込む大胆さも持ち合わせている」
 グラビティパックが関節部から多量の蒸気を噴き出し、プロトGセルフの背部へと折り畳まれていく。
 待機ポジションへと変形したグラビティパックを背負ったプロトGセルフのシルエットは、カンバラ・メイの愛機アルテミーUにどことなく似ていて、カンバラ製ガンプラの血統を感じさせた。
「そして脚部に装備された機体固定用のパイルアンカーは、如何なる戦場であろうと踏み止まり抗い続けるという覚悟の象徴」
『覚悟……か、少し違うな。傭兵という名の花は、他の咲き方を知らない。それだけだ』
 プロトGセルフから放たれる、暴風のような重圧。全てを薙ぎ払い無に返す重力の嵐を前に、だがランディーニは立ち上がってみせた。カンバラの言葉を証明するかのように、両の脚で大地を踏みしめて。野に咲く一輪の花のように、儚くも誇らしく。
『哀戦士たちの魂に、安らぎを。それがジャンクスの理念。だが傭兵の俺に出来ることは、戦いを忘れた彼らに代わり戦うことだけだ』
 黒百合の名を持つガンプラは、金属剣の切っ先をプロトGセルフへと向けた。
「君は祈りの言葉を知らないと言ったな。……祈りに言葉はいらない。ただ、耳を傾ければいい。ガンプラの声に」
『指南、感謝する。返礼だ。……傭兵の意地、受け取ってもらう』
 ランディーニが金属剣を両手で構えた。プロトGセルフは頷くと、両の掌をランディーニへとかざす。背中のグラビティパックが、腕の動きに追従し八基の重力場発生アームを前方へと向けた。
 プロトGセルフを中心に、戦場から全ての光が失われた。暗黒は凝縮され、極小の超重力場という、光すら喰らい尽くす弾丸へと集約される。
 グラビティパック・マイクロブラックホール生成ポジション。それはプロトGセルフの主力武装であると同時に、動力源である縮退炉そのものだ。
『重力制御……それがプラフスキードライブ生成装置の正体か』
「ガンプラバトルシステムが作り出すバトルフィールドのひとつ、宇宙。その無重力状態が、プラフスキー粒子の流体操作による擬似的なものではなく、本物の重力制御によって生み出されている事はあまり知られていない。その仕組みを解析、転用しブラックホール発生実験に成功したとき、その超重力場が特異点をもたらした。そして、ある物質を召還した……」
 腹部の赤いクリアパーツの奥、地球の色をしたプラフスキードライブが燃えるように輝く。 
『……反プラフスキー粒子。プラフスキー粒子と似て非なる異物。プラフスキードライブ零号の正体は、その結晶体か。制御を一歩間違えれば、対消滅で世界を滅ぼしかねない危険な力だぞ』
「全てはガンプラと、ガンプラを愛する者たちのため。絶望を超え、希望を超え、未来を掴み取るために」
『神にでもなる気か……カンバラ・キョウヘイ……!』
 ランディーニが地を蹴った。金属剣が鋭い音を立てて風を斬り、真っ向から振り下ろされる。
 マイクロブラックホールを左の掌に掲げ、プロトGセルフはランディーニの剣を受け止た。紙細工のように、金属剣が拉げていく。
 そのプロトGセルフの左腕に、背後から飛来したワイヤーが巻き付いた。
 プロトGセルフが振り向く。ワイヤーの正体は、半壊したリボーンズキャノンが射出した有線式ロケットアンカー・エグナーウィップだった。
『神は死んだよ。だから僕が神になる』
 アルマーク執念のエグナーウィップが、プロトGセルフの左腕を縛り上げ拘束する。マイクロブラックホールは制御を失い、自壊して果てた。
 マイクロブラックホール自壊の余波を避け大きく後退したランディーニは、アンカーショットを手持ちで構えた。重力崩壊の巨大な爆発の中、平然と立ち尽くすプロトGセルフ。狙いを定め射出したアンカーが、その右腕を絡め取った。
『カンバラ・キョウヘイ。そしてプロトGセルフ。その強さ、俺の領分を越えるな』
『だがその力は危険過ぎる。この世界を守るため……今、ここで破壊するッ!!』
 左右から両腕をワイヤーで拘束され、プロトGセルフは再び磔の聖人と化した。その腕を引き千切らんとばかりに、ランディーニとリボーンズキャノンが渾身の力を込める。プロトGセルフの前腕装甲に鋼線が食い込み、肩の関節パーツが軋みを上げた。だが、プロトGセルフから放たれる重圧の強さは微塵も衰えてはいない。
「神は人の心に宿る」
 プロトGセルフが鳴動を始めた。全身のフレームから光がこぼれ、虹色の輝きを放つ。
「そして、ガンプラは人の心を体現する」
 グラビティパックが翼のように広がった。八基の重力制御アームから月光蝶の羽があふれ出し、世界を覆い尽していく。
「これが私の神だ」
 プロトGセルフにカンバラの姿が重なる幻視。あふれる光を息吹として、神なるガンプラは覚醒した。
 ワイヤーが、音を立てて弾け飛んだ。プロトGセルフを捕らえていた筈のランディーニとリボーンズキャノンが、逆に月光蝶の光に捉えられ、見えざる手によって中空へと引き摺り上げられてゆく。
『プラフスキー粒子が……』
『圧縮されていく……?!』
 リボーンズキャノンとランディーニ、その二点を中心に、バトルフィールド全てのプラフスキー粒子が集中していた。溺れそうなほど高密度化したプラフスキー粒子が、強力なガンプラを寄り代とするかのように結晶化していく。
「ファイターの輝きが、熱き魂こそがプラフスキー粒子の活性化を促す。このGセルフ・グラビティパックを前にして一歩も引かぬ君たちの闘志、敬意に値する」
 プロトGセルフの両の掌に、再びマイクロブラックホールが生成された。超高速で射出された二つのマイクロブラックホールが、ランディーニとリボーンズキャノン、それぞれの胸を撃ち抜き、突き刺さる。 
「ファイターの輝きによって活性化したプラフスキー粒子が、ガンプラという器に満ちたとき……粒子の物質変容効果が高純度の結晶化現象を起こす。そしてそのトリガーを引くのが、このGセルフ・グラビティパックの生み出す超重力場だ」

 超新星爆発にも似た莫大な光量が、バトルシステムを、ホールを、ガンプラ塾を飲み込んだ。ガンプラ塾を囲む山々から一斉に鳥たちが羽ばたき、森の獣たちが神を崇める瞳でその閃光を見詰める。揺れる木々が、やがて静まるそのときまで。


6

 オーバーロードし機能停止したバトルシステムの上。力尽きた二体のガンプラを見下ろすプロトGセルフは、その手に二つのプラフスキードライブを乗せていた。
「新たなるプラフスキードライブの、誕生……!」
 マクガバンは、自身の興奮を自覚せずにはいられなかった。ガンプラバトルの未来に動乱を。その望みは、間違いなく果たされるだろう。それがどんなカタチになるのかはわからない。だが、世代を超えて継がれていくであろうガンプラバトルの未来を、二代目の腹心は確かに視た。
 ガンプラには、プラフスキー粒子には、果てが無い。そしてそれを操るビルドファイターにも。何もかもを蹂躙する圧倒的な力。疼いてしかたない。マクガバンが望むものが、そこにあった。
「それだけの力を得て、おまえは何を望むのだ、ドクター?」
 立ち去ろうとするカンバラ・キョウヘイへ、マクガバンは問う。
 一瞬、ドクター・カンバラは足を止めた。ごく短い時間、思索に耽る。プロトGセルフと生まれたばかりの二つのプラフスキードライブを白衣のポケットへ入れ、そして再び歩き始めた。
「陰謀も諍いも、ガンプラバトルには必要無い。ただ、楽しめばいい。……私はそれを、仲間たちと好敵手たちから学んだ」
「楽しむ……?」
 マクガバンは笑った。魂が引き攣れたような、乾いた笑いだ。
「二代目からの伝言よ。『おまえは、私に似ている』……今なら、私にも解る気がするわ……」

 ガンダムの銅像を前にして、カンバラは立ち止まり、ガンプラ塾を振り返った。今はいない誰かへと視線を向け、静かに首を振る。遙か頭上、大鷲が蒼空に円を描いて飛んでいた。
「力は手段であり、目的ではない。……全てのガンプラを、ガンプラファンの手に取り戻す。さぁ、レコンギスタを始めよう」


7

 古めかしい懐中時計が、刻を知らせていた。
 フドウ・ノブテルはアラーム音を止めると、朝の日課を始めた。目の前には、作りかけのガンプラ。RGM-79ジム。MSVや外伝で多くの派生機を生んだ、その原典たるモビルスーツ。そのデザインは、だがだからこそ、地味で特徴が無い。
 ノブテルは紙ヤスリを手に取ると、人生で二百八体目のジムの製作に取り掛かった。毎朝決まった時間に作業し、二週間で一体を完成させるのがフドウ・ノブテルのライフワークだった。特別な改造はしない。説明書通りに製作し、原作準拠の塗装を施し、決められたカタチを決められた通りに作る。それは精神の修養とも療養ともいえる作業だった。
 備え付けの電話が鳴る。ホテルのフロントからだった。日課を中断された不快が、無意識に眼鏡を弄らせる。呼び出し音を四つ数えて、受話器を取った。
 来客を告げられた。面会を断ろうとして、だが相手の苗字を知って考えを改めた。
 数分の後、ノブテルが宿泊する部屋へ訪れた女性は、朴念仁の目から見ても凛として美しかった。
 少女のような無邪気さと、決断する人間特有の気高さが同居した瞳。そこに、過去に出会った女性の面影を連想し、しかし彼女はもういないのだと胸中で確認する。
「どうも始めまして、カンバラ・イズミです。ガンプラ診療内科医の、フドウ・ノブテル氏ですね?」
 ガンプラ・インテリアコーディネイターという肩書きの書かれた名刺を差し出した女性は、丁寧にしかし親しみを込めて会釈してきた。苦手なタイプの人間だ。最も、ノブテルは対人関係で得意なことなど何も無いが。
「確かに私は診療内科医だが……ガンプラは関係無い」
「あら、それは失礼?」
 カンバラ・イズミは悪びれなく微笑むと、一転して真剣な表情になった。
 本気の顔だ。
「娘を助けたいんです。協力して頂けませんか、ドクター・フドウ?」
 カンバラの娘となれば、カンバラ・メイなのだろう。プラフスキー粒子を視ると噂される少女に、興味はあった。
「話は聴こう。ただし、日課をこなしてからだ」
 ノブテルはカンバラ・イズミに背を向けると、紙ヤスリを手に作業台へと向かった。
 ほんの数ヶ月前まで、今のイズミと同じように厄介事を持ち込んではノブテルの手を煩わせていた女性がいた。彼女の赤い髪を思い出しながら、ノブテルは黙々とジムの表面処理に没頭していった。



posted by 天空寺ハヤト at 01:17| Comment(0) | 人造アリスタ
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